ユートピアとしての団地文化 ひばりヶ丘団地から学園都市、タワーマンションへ

 

1960年代の日本の情勢が描写された映画作品を鑑賞した。オリンピック、高度経済成長、ヒッピー、サラリーマン神話の形成など見所は様々あった。特に私が惹かれた題材は「団地」の文化史である。今回鑑賞した映画の中では『しとやかな獣(1962)』で、ストーリーを読み解く重要な鍵として団地文化が描かれていた。また、資料として鑑賞したひばりヶ丘団地のプロモーションビデオ『団地への招待(1964)』の存在も外せない。
本レポートでは、現代社会の中ではもはや過去の遺産となってしまった「ユートピアとしての郊外型団地」の文化論について、現在私が所属している筑波大学のあるつくば市成立の歴史、2020年の東京オリンピックを前に建設ラッシュのタワー・分譲マンションなどを例に交えながら論じていく。


団地神話の形成−中産階級の夢

本授業で鑑賞した『しとやかな獣(1962)』は、かつて東京都中央区晴海に存在した「晴海団地」が舞台である。今でこそ高級タワーマンション街となり人気地区だが、1962年当時は埋立地の上に建てられた工業地帯の陸の孤島のような場所であった。
1964年の東京オリンピックを控え、高度経済成長に湧く東京には労働力として地方からの出稼ぎに来た若者や「サラリーマン文化」の形成に伴い「中産階級」が出現し人口が爆発的に増えた。「団地」はそうした社会背景と結びついて登場した文化装置である。
東京オリンピック開催の都市と同じ頃に公開されたプロモーションビデオ『団地への招待(1964)』を見てみよう。東京は田無市保谷市東久留米市(現在の西東京市東久留米市)にまたがって立地する「ひばりが丘団地」が舞台だ。新婚の夫婦が案内役となり、ひばりが丘団地に先住する自身の兄夫婦を訪ねるというストーリーである。新婚夫婦はひばりが丘団地の中をひとしきり見て回ることになる。団地内にはスーパーや役所の出張所、循環バスなどがあり団地がいかに優れた近代的生活であるかを、視聴者に耳にタコができるほど言って回る。設備にはダスト・シュートや水洗便所、ガス給湯器などがあり、なるほど確かに近代的な設計が施されていることがわかる。
忘れてはならないのが、舞台のひばりが丘団地の存在する西東京市東久留米市は今でこそベッドタウンとして人気地域だが、1964年当時は団地のような広大な敷地を必要とする施設が建設できるほど、まだまだ開発の進んでいない郊外地域だったということだ。先述した「晴海団地」の様子とさほど変わらなかったというのが実情だろう。
しかしながら、『団地への招待(1964)』のなかで団地は徹底的に「夢のユートピア」として描かれる。まるで「団地」がマイナス点が存在しないライフスタイルの完成形のように描かれているのだ。例として、「アメリカン・ウェイ・オブ・ライフ」が挙げられる。団地それ自体は旧ソ連の文化だが、ビデオの中の団地生活者は生活として合理的な「アメリカン・ウェイ・オブ・ライフ」を理想としていることがうかがえる。その一つが「家電」の存在である。「消費によって満たされる」という資本主義的価値観が家電の存在に現れている。当時、資本主義価値観を支えたのはサラリーマン家庭などの「新興中間層」の人々であった。団地は、外見はソ連型・内部はアメリカ型の当時の東西の最先端を「いいとこ取り」しているのである。これは「上流階級に憧れるけども手が届かない。しかし、ちょっといい生活はしたい」という願望を持つ当時の中産階級層の憧れ的であった。当時、ひばりが丘団地に入居していた層が中間階級層であったことは文藝春秋社『昭和の東京12の貌(2019)』の「ひばりが丘−最先端団地の「夢の跡」」という章にこんな記載からわかる。

家賃が高かったから、私を含めて共働きが多かったです。(略)サラリーマン以外にはお医者さんや大学の先生など、比較的所得が高い方が多かったわ。

ビデオの中に登場する人物もサラリーマン家庭で中産階級層である。まさに、団地は「中産階級の夢」であったのだ。


筑波大学宿舎

現在私の所属する茨城県つくば市筑波大学にある「学生宿舎」を例に挙げて団地文化を見てみよう。学生宿舎は1973年に筑波大学がつくばの地に誕生した時から存在する公式サイトには以下にように記されている。
筑波大学は、学生に良好な勉学の環境を提供し、自律的な市民生活を体験させることを目的として学生宿舎(単身用及び世帯用)を設置しています。(略)学生宿舎は、筑波大学構内の一の矢地区,平砂地区,追越地区及び春日地区に計68棟設置され,約4,000室の部屋があります。
宿舎には、現在も半数以上の新入生が宿舎に入居する。国立大学の中で敷地面積国内第2位を誇る筑波大学の宿舎は、宿舎というよりもはや「筑波団地」の名の方がふさわしい。宿舎の中でも学生が多く入居する「平砂地区」にはスーパーや銭湯、食堂、売店電気屋、美容室などがあり、学内はTXつくば駅筑波大学を結ぶ循環バスが運行している。まるで、「ひばりが丘団地」さながらではないだろうか。今みるとなんだか強制収容所のようで閉塞感を感じる側面もあるが、1973年当時、学園都市構想を謳うつくば市おいては「ひばりが丘団地」同様に「先進的」な環境であったのだろう。
つくば市は、1985年の「国際科学技術博覧会」、通称「つくば科学万博」で開発が一気に進んだという歴史がある。学園都市エリア周辺を歩いていると、南北に伸びるペデストリアンデッキや碁盤の目状の車道から、徹底した都市計画の元にまちづくりが行われていることがわかる。つくばは先進的な郊外型都市として発展してきたのだ。また、ひばりが丘団地と同じくつくば市(特に学園都市地域)はサラリーマン、研究所職員や公務員、大学職員など比較的所得の高い層が集中している。まさに、つくばは街全体が団地と言っても過言ではないのだ。


タワー・分譲型マンション−未来の「限界集落」はどこか

ここまで見てきたように、団地はオリンピックや万博などの国家の一大行事の開発に伴って発展してきた。『しとやかな獣(1962)』の舞台「晴海地区」は、現在高級タワーマンションの立ち並ぶ人気地域となっていると上記したが、晴海に限らず東京は2020年の東京オリンピックを目前に空前のタワーマンション建設ラッシュが行われている。都心部タワーマンションは1戸あたりの価格が3LDK約6000万円〜1億円以上で、とても庶民の手の出せる価格ではないが、建設ラッシュは留まる事はない。都心部限らず、首都圏の郊外エリアでも人口増加を見越して分譲型マンションが建設されている。
つくばも例に漏れず、つくばエクスプレス線を利用すると、沿線のマンション広告が必ず目に入る。つくばエクスプレスの人気地域「流山おおたかの森駅」周辺の新築マンションの価格帯は「ソライエ流山おおたかの森」の場合3LDK70m2で3400万円〜と記載がある。先ほどの都心部のマンションと比べると、まだ手の届く範囲の価格帯であることがわかる。前章でも述べたように、つくば市周辺地域の新興開発地域には都心部への通勤組のサラリーマン家庭や研究所職員や公務員、大学職員など「中間層」の消費者が多い。ゆえに、「ソライエ流山おおたかの森」のような分譲型マンションが中間消費者層をターゲットにしている事は明確である。
これは、まさに1964年の東京オリンピックの時に起こった団地の建設ラッシュと同じ構造である。団地文化は夢となって消えたのではなく「マンション文化」に取って代わられたのである。


終わりに

ここまで、団地からマンション文化への変遷をひばりが丘団地つくば市の事例、都心部・郊外型のマンションを例に挙げて振り返ってきた。2020年の東京オリンピックを目前にマンションはこれからも増え続ける事は明確だが、団地がそうだったようにいま現在建設されているマンションの行く末も現代の団地のようになることも自明の理である。
Business Journal(2016)「タワーマンション購入の悲劇…25年前の郊外戸建て購入者がたどった悲劇の再来か」という記事では、今から25年前のバブル期に「住宅神話」を夢見て郊外の一戸建て・団地を購入・取得した世帯の様子が書かれている。タイトルからもわかるように、バブル崩壊後に経済状況が変わり返済が困難になるという内容だ。加えて、現在マンションを購入する際にも25年後の状況を想像できないと危険と釘が刺されている。人気の高層マンションの場合は老朽化しても足場も容易に組めないため修繕費もかかり、支払いの負担に拍車がかかるというのだ。まさに、現在の「団地」と同様の道をたどることが書かれている。
団地もそうだったように、「住宅神話」の形成は「デベロッパー」によって行われてきた。人口減少に伴い、デベロッパーが築いてきた「ユートピアとしてのマンション文化」が夢の跡になる未来もそう遠くない。次のユートピアに安易に踊らされないためにも、「住宅神話」の成り立ちを理解することが重要なのではないだろうか。


参考資料

文藝春秋社(2019)『昭和の東京12の貌』文芸春秋社 
秋山駿(2002)『舗石の思想』講談社
原 武史(2012)『団地の空間政治学NHK出版 
 Business Journal(2016)「タワーマンション購入の悲劇…25年前の郊外戸建て購入者がたどった悲劇の再来か」<https://biz-journal.jp/2016/10/post_16881.html>2019年8月5日閲覧
 Business Journal(2016)「千万円マンションの35年ローン完済時、資産価値8百万円で廃墟化…物件で2千万の差」<https://biz-journal.jp/2016/09/post_16695.html>2019年8月5日閲覧
PRESIDENT Online(2018)「カフェやスーパーを誘致する筑波大の事情」<https://president.jp/articles/-/26751>2019年8月4日閲覧
Yahoo!ニュース(2019)「タワマンは「将来、廃墟」でタダ同然に?建て替えもできない「危機」の真相」<https://news.yahoo.co.jp/byline/sakuraiyukio/20190617-00128515/>2019年8月5日閲覧
zeitgeist「晴海は「輝ける都市」の夢を見るか~ 前川國男 の晴海高層アパート~」  <http://zeitgeist.jp/zeitgeist/晴海-輝ける都市の夢を見るか-前川國男/>2019年8月4日閲覧
筑波大学「学生生活の支援 学生宿舎・アパート情報」<http://www.tsukuba.ac.jp/campuslife/healthlife.html>2019年8月4日閲覧